Show notes
永瀬さんは、金沢の女学校卒業後、上級学校への進学をあきらめていましたが、名古屋に暮らすようになり、新設された愛知県第一高等女学校高等科英語部に入学することができました。この時、キングスレーのギリシャ神話を読んだ驚きが忘れられず、当時のことをこんなふうに回想しています。入学してからの私は一字毎に何かを空想した。springという、breezesという、その言葉とその音には、日本語では知らなかった美しさと音楽が含まれているではないか。それは日本人が決して感じなかったほどにひるがえる海や草の穂を光らすようなさわやかな何かであり、古い歌でいままで「春は来にけり」「春すぎて」などと云っていたものよりもっと透明な何かである。そのようにも思った。そして先生が教えてくれる以上にそわそわして毎日をすごしていたのであった。(「私が詩を書きはじめた頃――大正の末つかたのはなし」『私は地球』沖積舎 1983年1月)。これまで知らなかった新しい世界との出会いは、永瀬さんの心を大きく動かしました。そしてその驚きを、年を重ねてもなお持ち続けていたところに永瀬さんの詩の源があるのかもしれません。<文・白根直子>

