Show notes
この詩は、短章「新年よ」に通じるといえるでしょう。この詩でも永瀬さんは、「信じてくれるやさしい『耳』」を願っています。それほど永瀬さんは、自分の言葉がうまく伝わらないという場面に出会っていたのかもしれませんし、表現しきれないもどかしさを感じていたのかもしれません。春になれば木々も草花も芽吹いていき、枯れ色だったところが少しずつ緑に変わっていきます。それは「どんな敷石の間からも」とあるように、自然にあちこちから生まれてくる言葉にたとえられます。自分の心からの言葉を伝えたい、そして理解されたいという願い。永瀬さんが折にふれて相手の心がわかることの大切さを述べていたのは、お互いの心からの言葉を理解しようとした現れなのかもしれません。<文・白根直子>

