Show notes
永瀬さんは、戦争が終わった1945年11月に現在の赤磐市の家に帰ってきました。翌年から農業にたずさわり、都会とは違う新しい生活の中で、様々な出会いと発見をし、まるで突然目が覚めたように詩を書いていた頃、この詩が生まれました。永瀬さんが渡った熊山橋は、現在のような立派な橋ではなく、木製の板を打ち付けて作られた「曲がりくねった低い仮橋」で、架けても流されることが繰り返されていました。終戦後に何度も洪水で流された橋が、この時やっと架かったばかりでもあったことから、幾重にも喜ばしく嬉しかったことがうかがえます。<文・ 白根直子>

