カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」
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マメクル2020 #15/群れが生き残るには
19 minutes Posted Apr 28, 2020 at 4:33 am.
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夕暮れの公園で、ボクと影山くんは仲間を切る切らない、そんな物騒な話をしています。ボクらのカフェも、先行きは暗い雲に覆われています。そんななかで、影山くんはこんなことを言います。「のちの世のために、もしくは、より多くの人が幸せになるために、ボクはあえてそこは鬼になって、その道を行く、つまり、誰かを切り捨てる必要があるとか、誰かの命を奪う必要があるとか、そういう決断力っていうんですかね。そういうのがボクにあるかって問われると、ちょっと自信ないんです。鬼にならなきゃ、本当の意味で結果は出せない。もちろん、世の中なんか変えられない。そんなことは、どっかで分かりつつ、決断できないですね。どうしても、ボクの八方美人の性格が、せめぎあってしまう。決断できなくなってしまう。一人として悲しむ仲間を作り出したくないって思っちゃう。仲間を切る、切らないの葛藤で、選べなくなっちゃうんです」というようなことを言います。ボクは、群れが生き残るためなら、仲間を切ることは厭わない、というようなことを言ってます。もちろん、仲間を切る、切らないの二択しかないような、局面にならないことが一番でしょう。そしてまた、その局面になったとき、果たしてどんな選択をするかは、そのときになってみなければわからないでしょうし、所詮はタラレバのはなしです。命ほど尊いものはない、だから、何人の命であっても粗末に扱ってはいけない。そんな正論に、誰も反論できません。んーー。話はそれますが、ボクが思うに、自然界というのは、群れが生き残るためなら、仲間を切ることは厭わない、というものだと感じています。(切るとか切らないという、選択の意思をそもそも持たないでしょうけど)そんなことを色々と考えてみたりします。正論というのは、正論なだけに、反論しにくいものです。だからこそ、正論を実行に移すときは、多くの思慮が求められることだと思います。正しいことを、正しいからと、何も考えずに実行すれば、なにか誤る気がする。そう考えるのが、街場の理屈ではないでしょうか。時と場合で正しさなんてものは、ころころと変わるものだ。少なくともボクはそう思います。