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イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて、言われた。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです(ヨハネ17:1-2)。
イエス様は、十字架に架かられる前の晩、弟子たちに語られた最後のスピーチのあと、目を天に向けて、父なる神に祈られた。注目してほしいのは、「あなたからいただいたすべての者」ということば。これはもちろん、直接は、この時彼に従っていた弟子達のことだが、今日、時間を越えて、彼を信じるすべてのクリスチャンたちを含んでいることは言うまでもない。クリスチャンとは、キリストに与えられた者、彼の支配の中に入れられて、彼に完全に属するようになった者のこと。その目であなたも自分のことを見ることが、実のある信仰生活をするための大きな鍵である。
わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。なぜなら彼らはあなたのものだからです(9節)。
イエス様の意識の中では、ご自分に属する者と、サタンの支配する世に属する者とがはっきりと区別されている。そして、彼の祈りは、「世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのため」であるということ。これは、私たちの側で言うならば、自分が世から取り分けられ、もはや世に属する者ではないことをはっきりと知ることの大切さを語っている。あなたがまだ世に属するならば、イエス様のここでの祈りはあなたと何の関係もない。
わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。しかし、世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものでないからです。彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません(15-16節)。
あなたは「この世のものではないから」、世があなたを憎むことは当たり前。世がキリストを憎んでいるなら、彼に属するようになったあなたをも憎んでいる。したがって、世に憎まれたくないと願うならば、世と手を結んで歩めば良い。キリストを信じる信仰がゆえに受ける迫害や戦いはなくなるだろう。だからと言って、「悪い者」からの攻撃がなくなる訳ではない。むしろ、キリストにある勝利を失い、サタンの支配の下で敗北者の人生を歩むことになる。キリストにある者に約束されている力、解放、勝利、喜び、祝福を受けることはない。
そもそも、以前はこの世に属する者であった私たちが、キリストに属する者となったのは、キリストが私たちと一体化して、私たちの罪のために死んで下さったことによる。彼が弟子達ともたれた最後の晩餐、すなわち、私たちが今日行う聖餐式は、それを現実化するためのもの。もしあなたが、教会で行う聖餐式を、みことばの真理の上に立ち、信仰をもって受けるならば、それはあなたに大きな祝福を生み出す。
さて時間になって、イエスは食卓に着かれ、使徒たちもイエスといっしょに席に着いた。イエスは言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか(ルカ22:14−15)。
「苦しみを受ける前に」とは、彼が十字架で死なれる前のこと。「どんなに望んでいたことか」というのは、人類が罪を犯した時以来、この過越の食事をすることをずうっと望んで来られたことを指す。それは、まずはこの過越の食事によって、ひとり子の神が人類と一体化してから、その後、その罪のために死ぬことができるようになったからである。神は、罪を犯した人類に対する御怒りをそれまでずうっと堪えて来られたが、それをこの時、ご自分の御子の上に全部注ぎ出された。この食事は、彼がその「苦しみを受ける前に」、人類と神との接点を、キリストを通して確立するためのもので、この接点がゆえに、彼の死と復活が、私たちをサタンの支配から愛する御子の支配の中に入れて、ご自分の子どもにすることを可能とした。したがって、この過越の食事は、聖書の言う「キリストにあって」という、キリストを信じる者に与えられた、神の御前における霊的ポジションの元となる出来事であったと言える。これを、単なる歴史の一こまとしての出来事だと思ってはならない。それは、彼が「わたしを覚えてこれを行いなさい(行い続けなさい)」と言われたように、今日私たちが聖餐式として、彼のからだと血を受ける時にも、進行形で起き続けている霊的現実である。自分がキリストにあって、完全に彼のご支配の中に入れられたことを信じる者は、その信仰のとおりに、自分の人生において、キリストの支配がこの地上でも目に見える形で実現していくのを見ることになる。

