ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
創造の神 No.20
1 hour 6 minutes Posted Aug 4, 2013 at 9:09 am.
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知恵は自分の家を建て、七つの柱を据え、
いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物をし、その食卓も整え、
小娘にことづけて、町の高い所で告げさせた。
「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい」と。
また、思慮に欠けた者に言う。
「わたしの食事(パン)を食べに来なさい。
わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、
わきまえのないことを捨てて、生きなさい。
悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい」と(箴言9:1−6)。
天地が知恵によって創造されたことは、聖書が教える大切な真理の一つ(箴言8:22−31)。この知恵が、ことばなる神のことで、キリストを指す(ヨハネ1:1−4)。すべての創造といのちの源が、このキリスト、すなわち、神のことばによって示される知恵にある。言い換えれば、神の知恵は、人にとって「いのちの木」である。
知恵は、これを堅く握る者にはいのちの木である。
これをつかんでいる者は幸いである(3:18)。
この「いのちの木」から取って食べ続ける限り、人は生きる。上の箴言9章によれば、この知恵が「わたしの食事を食べに来なさい。わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、...」と叫び続けている。その食事には、二種類のものがあって、食べる「食事(文字通りは、パン)」と、飲む「ぶどう酒」。知恵そのものがこの食事を整え、求める者に食べさせ、飲ませてくれる。
この食事とは、私たちの受ける主の聖餐のこと。イエス様は次のように言われた。
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。私は終わりの日にその人をよみがえらせます(ヨハネ6:54)。
まさしく、ことばなるキリストは「いのちの木」そのものである。その実を食べる者は、必ず生きる。ところが、忘れてはならないのは、エデンの園には、「いのちの木」と同時に、その実を取って食べれば死んでしまうという、もう一つの木もあった。上の箴言9章を進んでいくと、次のような箇所が出てくる。
愚かな女は、騒がしく、わきまえがなく、何も知らない。
彼女は自分の家の戸口にすわり、町の高い所にある座にすわり、
まっすぐに歩いて行く往来の人を招いて言う。
「わきまえのない者はだれでもここに来なさい」と。
また思慮に欠けた者に向かって、彼女は言う。
「盗んだ水は甘く、こっそり食べる食べ物はうまい」と。
しかしその人は、そこに死者の霊がいることを、
彼女の客がよみの深みにいることを、知らない(箴言9:13−18)。
この「愚かな女」も、人に呼びかけて、「わきまえのない者はだれでもここに来なさい」と叫んでいる。彼女の与える食事は、「盗んだ水」と「こっそり食べる食べ物」。これは、「まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くする」ように見えるだけで、それらを食べたり飲んだりすれば、「苦しんで食を得」、「顔に汗を流して糧を得」、食べても腹を満たさない「野の草を食べ」、最終的には「土に帰る」ことになる(創世記4:17−19)。これが破壊の生き方をするものの運命。イザヤ書に次のようなことばがある。
なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、
腹を満たさない物のために労するのか。
わたしに聞き従い、良い物を食べよ。
そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。
耳を傾け、わたしのところに出て来い。
聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。
わたしはあなたがたととこしえの契約、
ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ(イザヤ55:2−3)。
神のことばに耳を傾け、彼の所に出て来る者は、創造の生き方をする。その人には次のような約束が与えられている。
ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。
さあ、穀物を買って食べよ。
さあ、金を払わないで、穀物を買い、
代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え(1節)。