ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
創造の神 No.19
1 hour 6 minutes Posted Jul 28, 2013 at 9:09 am.
−12、2テサロニケ3:10-12)。しかし、実は、人が自分の必要のために労して生きるのは、人が罪を犯した結果であることを忘れてはならない。
0:00
1:06:32
Download MP3
Show notes
今日の人間たちは、自分が生き延びるために働き、労苦することに何の疑問も持っていない。この世では、自分の手で金を稼いで生活することは大きな美徳であり、誇りでもある。確かに、怠け者で働かず、常に人からもらうことばかりを考えて生きることは、聖書も言う通り、正しくない(エペソ4:28、1テサロニケ
また、人に仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない(創世記3:17−19)。」
「苦しんで食を得」、「顔に汗を流して糧を得」ても、まだ足らない。「野の草を食べ」ても、体の栄養にはならず、最後は、死んで地に帰って行く。これが、罪の結果であり、のろいである。それに反して、神は、ご自分の民に対して次のように命令された。
ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。
金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。
さあ、金を払わないで、穀物を買い、
代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。
なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、
腹を満たさない物のために労するのか。
わたしに聞き従い、良い物を食べよ。
そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう(イザヤ55:1-2)。
働くこと自体は良いこと、しかし、働いて糧を得るというメンタリティーが、神の祝福を受けにくくしている。罪の結果の生き方が破壊の生き方ならば、「金を払わないで」、また「代価を払わないで」「良い物」を食べることは、創造の生き方。聖書には次のようなことばもある。
知恵は自分の家を建て、七つの柱を据え、
いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物をし、その食卓も整え、
小娘にことづけて、町の高い所で告げさせた。
「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい」と。
また、思慮に欠けた者に言う。
「わたしの食事を食べに来なさい。
わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、
わきまえのないことを捨てて、生きなさい。
悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい」と(箴言9:1−6)。
神があなたのために、食事の準備をして食べさせて下さることを不思議に思ってはならない。この「いけにえ」と「ぶどう酒」は、キリストのからだと血のこと。
耳を傾け、わたしのところに出て来い。
聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。
わたしはあなたがたととこしえの契約、
ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ(イザヤ55:3)。
そして、人はどのようにして破壊の生き方から創造の生き方に変わることができるのか、と言えば、二つのことをすれば良い:神のことばを聞くことと、神のところに出て行くこと。創造の生き方については、以下のようなみことばもある。
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。
...
私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
私の頭に油をそそいでくださいます。
私の杯は、あふれています。
まことに、私のいのちの日の限り、
いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう(詩篇23篇)。
なんと、神様ご自身が私たちのために、私たちの「敵の前で」、食事をととのえて食べさせて下さる。そして、「いつくしみ(神の良さのこと)と恵み」が、私たちを「追って来る」という。出て行って、それらを得るように労苦するのではなく、それらが私たちを「追って来る!」