ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
創造の神 No.15 Sat@1
1 hour 6 minutes Posted Jul 13, 2013 at 9:09 am.
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ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから(創世記13:14-17)。」
アブラムに付く牧者たちと、ロトに付く牧者たちとの間に、財産のことで争いが起きた。神様が彼らを祝福され、家畜など、彼らの持ち物があまりにも多くあったからである。二人は、話し合いの結果、別れることになり、ロトは、そこから東の方へ移動し、緑豊かなヨルダンの低地にあったソドムの町に行って住んだ。上のことばは、アブラムがロトと別れた時に、神様が彼に語られたことばである。
ロトは、アブラムの兄弟ハラン(haran)の子で、アブラムの甥にあたった。彼らがまだウルにいた時、ロトの父ハランが若くして死んだので(当時にしては)、アブラムの父テラは、アブラムとその妻サライとともに、ロトをも連れて、ウルから、ハラン(charan、こちらは地名で、haranとは単語が違う)の地に来て住んだ。テラがハランで死ぬと、アブラムは妻サライと、甥のロトも連れて、いよいよカナンの地に入って来た。ロトの財産が増え、彼が祝福されたのは、彼がアブラムに付いて来たからであったが、ロトはそのことをまだ知らないでいた。彼がアブラムから別れると、14章に見るように、すぐに破壊の業が起こり、最後は、ソドムとゴモラの破壊と同時に、すべての財産を失うことになる。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう」という、アブラムに対する神のことばが成就したことになる。
神様には、アブラムを通してなさる、大きな計画があった。上のみことばで、「わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる」ということばに注目。神は、人を土地のちりから形造られたが(創世記2:7)、今度は、荒野のちりからご自分の民、イスラエルを創造される。アブラムにとっては、一つ一つのちりが自分の子どもであり、子孫である(民数記23:10参照)。それは、新しい創造である。
さて、シヌアルの王アムラフェル...の時代に、これらの王たちは、ソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、...ツォアルの王と戦った。このすべての王たちは連合して、シディムの谷、すなわち、今の塩の海に進んだ。...そこで、彼らはソドムとゴモラの全財産と食糧全部を奪って行った。(14:1−11)。
14章は、ロトが住むようになったソドムとゴモラの地方が、東方からの王たちに攻められた話しである。これらの王たちは、ソドムとゴモラを含む、その近辺の町々を占領し、その全財産と食料を奪い、民を捕虜として連れて行った。ロトとその家族も連れられて行った。そのニュースを聞いたアブラムは、彼のもとにいた318人のハニキームと呼ばれる人々を連れて、ロトを救うために出かけた。アブラムは、王たちに奪われた財産はもちろん、すべての捕虜も奪い返して、大勝利を得てもどってきた。これも、破壊と創造のサイクルの一つ。注目して欲しいのは、一旦奪われてしまったものが、アブラムによって取り戻され、もとの持ち主に返された点。
そして、彼はすべての財産を取り戻し、また親類の者ロトとその財産、それにまた、女たちや人々をも取り戻した。...ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」しかし、アブラムはソドムの王に言った。「私は天と地を造られた方、いと高き神、主に誓う。糸一本でも、くつひも一本でも、あなたの所有物から私は何一つ取らない。...アネルとエシュコルとマムレには、彼らの分け前を取らせるように(16-24節)。」
この話しをエペソ4章の次のようなことばと比較すると良い。この時アブラムがしたことは、霊的な意味で、キリストが、その死と復活によって、私たちのためにして下さったことと同じである。サタンに奪われた霊的な祝福や賜物を全部奪い返し、それらを再び私たちに与えてくださった。それは、教会を建て上げるという、創造の業のためである。
しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。そこで、こう言われています。「高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。」...それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです(エペソ4:7-13)。