ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
創造の神 No.11 Sat@1
1 hour 6 minutes Posted Jun 15, 2013 at 9:09 am.
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私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました(エペソ1:3−4)。
エペソの手紙を、創造というテーマのもとに読んで行くと、その背景に創世記の天地創造の話しから、カインとアベルの話し、ノアの洪水の話し、バベルの塔の話しなどが、その背景に流れていることに気が付く。その類似性は、偶然のレベルを越えているので、作者の意図によるものに違いない。
それは第一に、作者が、キリストにある救いを、人類全体のレベルにおいても、また個人のレベルにおいても、神による新しい創造として見ていることを示している。事実、それは真理であり、彼の手紙の中でも、それを裏付ける箇所が多数見られる。
私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです(2:10節)。
第二に、それによって、キリストにある救いというものを、人類全体の歴史を含んだ宇宙的なレベルでの出来事としてとらえている。
神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました(1:20-22)。
第三に、天地創造と人類の救いを一体化することによって、福音として伝えられるキリストによる救いが、単なる歴史の一点で起きた出来事というよりも、創造以前から定められた神の摂理、また永遠の未来への目的であることを述べている。
すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、みむねとみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです(4-6節)。
みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、時がついに満ちて、実現します。いっさいのものがキリストにあって、天にあるもの地にあるものがこの方にあって、一つに集められるのです(9-10節)。
パウロは、彼に啓示されたこれらの真理の上に立ち、その福音の奥義である、異邦人の救いのために、自分が召されたものであることを告白している。
そして、エペソの人々の救いを、この真理に従って説明すれば、次のようになる。
あなたがたは自分の罪過と罪との中に死んでいた者であって、そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました(2:1−2)。
これは、創世記2章の創造の話しの始まり方にそっくりである。アダムが創造され、エデンの園に置かれたことと、罪人がキリストにあって救われ、天の所に座らされたこともダブっている。カインとアベルから起きた敵意は、異邦人とユダヤ人の間の敵意であるが、キリストにあって、その破壊も創造に変えられた。さばきとして中断され、破壊された、バベルの塔の建設も、キリストにあって、天に届くキリストの体の建設として実現された。