ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
喜びと感謝の力 No.15
1 hour 6 minutes Posted Feb 17, 2013 at 9:09 am.
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幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える(詩篇1:1−3)。
神様が私たちに与えて下さる喜びの一つに、みことばを喜ぶ喜びがある。必要が満たされ、問題が解決し、病が癒されて喜ぶのも一つの喜びだが、みことばを聞いて、真理を悟ったときに持つ喜びは、レベルが上。上のみことばにあるように、その人は、「時が来ると実がなり、その葉はかれない、」また、「何をしても栄える。」ということは、この喜びが先にあって、私たちは、必要や問題から解放され、奇蹟を体験する。
もう一つ注目すべきは、「昼も夜もそのおしえを口ずさむ」ということ。ここに、私たち現代人が見過ごしている大きな真理がある。私たちは、聖書のことばを頭で理解しようとし過ぎ。みことばは生きていて力のあるもの。頭で理解して、分ったと勘違いしている。そこには、みことばを喜ぶ喜びがない。聖書のことばが、心から離れた所にあり、知識に対する満足感や、高ぶりはあっても、それを喜んで行なうことはなく、「しなければならないけど...」という重荷だけが後に残る。みことばは、頭で理解するものではなく、心で信じて、口で告白するもの。そもそも、あなたが罪赦され、生まれ変わったのも、この二つによった。
では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです(ローマ10:8−10)。
心で信じるだけでも十分ではない。口で告白する時に、初めて神の力が働く。なぜなら、みことばは「あなたの口にあり、あなたの心にある」からだ。あなたの頭にあるとは言っていない。心にあり、しかも、あなたの口にある。心で信じたことばを口で告白するためだ。つまり、みことばを「口ずさむ」ことだ。次のようなみことばもある。
この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである(ヨシュア1:8)。
聖書のことばは、耳で聞いても、また、頭で理解しても、それを行なわなければ、繁栄も祝福も来ない。そして、みことばを行なうためには、「あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない」とある。それは、「しなければならない」という重荷ではなく、みことばを喜ぶ喜びを持つためだ。
「律法」ということばには、守らなくてはならない戒めというイメージが強いことは否めない。聖書のことばをそのように考えているクリスチャンが多い。それでは、みことばを喜ぶことは不可能。確かに、聖書のことばは、私たちの罪や間違いを指摘してくる。しかし、その裏に、赦しの神の与えて下さる喜びが充満している。それを読み取るのがコツだ。その一つの例として、ネヘミヤ8章の話しがある。