ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
喜びと感謝の力 No.11
1 hour 6 minutes Posted Jan 20, 2013 at 9:09 am.
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いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです(1テサロニケ5:16-18)。
これは、クリスチャンならば、誰もが口ずさむみことば。短く、命令形が三つ続けて並んでいるので、印象的で、覚え易い。順番は、喜ぶ、祈る、そして感謝すること。この三つの要素が出てくる箇所は、聖書にいくつも出てくる。作者たちはそれを特別意識して書いたわけではないが、同じ真理が神の霊感によって表現されているのを見る。
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。...
何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい(ピリピ4:4−6)。
有名な詩篇100篇を見ると、そこにも、喜び、主に仕えること(祈り)、そして感謝のことが出てくる。
全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。
喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。
知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。
感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ、その大庭に、入れ。主に感謝し、御名をほめたたえよ。
主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る(詩篇10:1−5)。
「仕える(avad)」ということばは、祈りをささげて神様を礼拝することを指す。祈りや礼拝は、神様の御前ですることで、神様の臨在の中に入って行かないことにはできない。この詩篇で特に注目すべきは、「喜び歌いつつ御前に来たれ」、また、「感謝しつつ、主の門に...入れ」ということば。その神の臨在の中に入るためにどうしても必要なのが、喜びと感謝。言うなれば、ハンバーガーのようなものを思い浮かべると良い。上と下のパンが喜びと感謝で、その真ん中に挟まれた肉が祈りというわけ。
聖書の言う喜びは、神の御前から出てくるもの。それだから、人であろうと、天使であろうと、神の御前に出る時には、その喜びが必要とされる。人の集まりでも、みんなが喜んでいる所に、喜びもなく、不信仰とつぶやきのことばを発しているような人が入っていくことは難しい。次のような詩篇のことばがある。
あなたは私に、いのちの道を知らせてくださいます。
あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります(詩篇16:11)。
神は愛であり、いのちであり、光であるが、同じように、神は喜びである。愛、いのち、光、そして喜びも、神ご自身から出て来るもので、それらが神の本質であり、品性である。箴言に、人格化された「知恵」が、天地の創造される前に、神のかたわらで喜んでいたことが記された、次のようなことばがある。
...海にその境界を置き、水がその境を越えないようにし、地の基を定められたとき、
わたし(知恵)は神のかたわらで、これを組み立てる者であった。
わたし(知恵)は毎日喜び、いつも御前で楽しみ、
神の地、この世界で楽しみ、人の子らを喜んだ(箴言8:29−31)。
この「知恵」が、「ことば」なるキリストとして、人となって私たちの間に住われた。それは、喜びをなくしてしまった陰気な世の中に、いのちの息を吹きかけることによって、人間たちを再び神の喜びに満たすためであった。イエス様は次のように言われたことがある。
わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです(ヨハネ15:11)。