ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
“考えずに感謝せよ”
1 hour 6 minutes Posted Nov 17, 2012 at 9:09 am.
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何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます(ピリピ4:6−7)。
「思い煩い」は、私たちの頭で考え、計算することによって生まれる副産物。それは、質的に恐れと同じ。自分が願うこと、欲することの反対のことが起きることを懸念して、恐れることを言う。逆に、信仰は、自分が願い、望んでいることに関して、みことばを聞いて、その約束を信じることによって生まれてくる。その時には、喜びと感謝と希望が副産物として生まれる。しかし、思い煩いと心配は、その約束に反対したことが起きることを想像し、疑うことを言う。したがって、それは、不信仰による副産物とも言える。そして、不信仰は罪である。
上のみことばは、その思い煩いをいっさいしないように勧めている。むしろ、「感謝をもって」祈るように励ましている。感謝とは、自分に良くしてくれた人に向かって「ありがとう」ということだ。多くの場合、それをすると約束してくれた時点で、もうすでに感謝する。神様に対しても同じ。みことばの約束の上に立ち、神に祈り求めたら、もうすでにそれを受けたと信じて感謝する。それを信仰と言う。ところが、その自分の願いに対して、神がそれをして下さるとは信じないで、それを自分の力で何とかして実現させようと考える時に、いつも思い煩いがくる。なぜなら、人は、自分の力や持っているものが、その願いをかなえるのに十分ではないことをよく知っているからである。
何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです(ヤコブ4:1−2)。
「あなたがたが願わないからです」とは、神に願わないことを言っている。神に願わず、自分の力でそれを手に入れようとする時、人は罪を犯す。イエス様は言われた。
だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか(マタイ
ここで注目すべきは、「心配」ということば。それは、してはいけないこと。してはいけないことは、罪。良き神を信じる者にとって、心配は、自分の頭で考えることによって犯す、不信仰の罪である。さらに、イエス様は言われた。
空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか(マタイ
「空の鳥」たちが心配しないで、「刈り入れもせず、倉に治めることもしない」のは、彼らが考えることをしないからである。それを、人間である私たちも見習ったら良い。自分の小さな頭で考えないで、「感謝をもって」自分の願いを神様に知って頂くことだ。