ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
喜びと感謝の力 No.2
1 hour 6 minutes Posted Oct 20, 2012 at 9:09 am.
0:00
1:06:32
Download MP3
Show notes
サタンが人間についた一番大きな噓は、天地創造の神がケチな神であるということ。神が利己的で、人を愛さず、人の必要を満たすこともないケチな神であるならば、人は、そのような神を信頼しても無駄である。自分の力を頼り、自分で生きる方が良い。自分が幸福になるかならないかは、自分の能力、努力、そしてラッキーな環境による。したがって、人は、必死に自分の願いを実現させようとする一方、それに反対したことの起きる環境をいつも恐れながら生きていく。そこには、神の恵みの入る余地はなく、喜びも、神に対する感謝も生まれて来ない。
そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです(創世記3:4−5)。」。
サタンは嘘つきだが、人間を騙すためには、明らかに噓だと分るようなことを言っていては、騙すことができない。嘘つきは、その聞き手に、あたかも本当のことを語っているように思わせるから、嘘つきである。そのことばの中には、必ず、真理と思われるようなことが含まれている。サタンからすれば、「自分は噓をついた訳ではない」と言う。善悪の知識の木の実を食べると「目が開ける」ことも、「神のようになる」ことも、そして、「善悪を知るようになる」ことも、みな正しかった。唯一、噓であったのは、誰の耳にも明らかに正しくないと分る、「あなたがたは決して死にません」という言葉だ。
それにしても、死と命を選択するという非常に大切な決断をするのに、人はなぜ、こんなにも簡単にサタンに騙されてしまったのか。神ご自身の口から、はっきりと「それを取って食べる時、あなたは必ず死ぬ」と告げられたのにもかかわらず、サタンに「あなたがたは決して死にません」と言われて、神のことばの方を無にしてしまった。その理由は、上の蛇のことばの後半を見ると分る。「あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです」という、彼の解き明かしのことばに人が納得してしまったからだ。
サタンによれば、神という方は、人の目が開けて、人が神のように賢くなり、人に善悪を知るようになって欲しくないと思うほど、利己的で、ケチな方だという。あたかも、神にとって人がライバルの対象であるかのように語っている。ところが、聖書によれば、神は初めから人を「神のかたちに」、神のような存在として造られたという。人をエデンの園に置き、食べるのに良いあらゆる実を結ぶ木を生えさせ、それを食べ物として与えて下さった。人は、エデンを守る祭司として、すべての霊的祝福と権威を持ち、神の右の座で神とともにこの地を支配する者であった。また、神は、人に知恵を与え、生き物に名前を付けさせ、ふさわしい助け手がいないのをご覧になって、人のために妻を新しく創造された。そんな神様のどこがケチでしょうか。
人間の世界の罪の始まりは、私たちがサタンの声を聞いて、ケチな神を信じるようになったことから始まった。神への感謝の心もなく、喜びのない人間たちの生き方は、正常ではない。今の世界の人間たちが、これを当たり前に思っているのは、サタンに騙されているからだ。目を覚ませ!そのような世界にもう一度、喜びと感謝の心を与えようと、イエス・キリストが来られた。私たちの罪、過ち、高ぶり、神に対するあらゆる反逆にもかかわらず...
彼らは荒野や荒れ地をさまよい、住むべき町へ行く道を見つけなかった。
飢えと渇きに彼らのたましいは衰え果てた。
この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救い出された。
また彼らをまっすぐな道に導き、住むべき町へ行かせられた。
彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ(詩篇107:4−8)。