ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
聞く耳の育て方 No.10
1 hour 6 minutes Posted Jul 7, 2012 at 9:09 am.
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みことばを聞くための良い耳を持つために絶対に必要なのが、清さである。心の中に汚れがあると、聞いているみことばも理解できない。汚れは清さの反対で、罪は義の反対。汚れと罪、また、清さと義を、混乱して考えてはいけない。もちろん、汚れと罪は関係が深く、罪は汚れの実であり、汚れが言葉や行いにあって成就したもの。罪を犯していないからといって、汚れがないわけではない。汚れは、心の中のこと。だから、目に見える行動の点だけで大丈夫だと思っても、神様の目から遠い存在であることは充分にあり得る。
私の説教を聞いて、「今日のメッセージは難しかった」とか、「何かすばらしいことを聞いていると思うんだけど、何を言ってるのか、さっぱり分らなかった」といった正直な感想を時々もらう。そういった感想を聞いて、それが私の責任だと思って、説教を簡単にして分りやすいものにしたが、変わりはなく、分らない人には、やはり同じように分らないということを発見した。ということは、説教の話し方や構成に問題があるのではなく、話す中味である、その内容に問題があるということだ。でも、話す内容とは、聖書の真理であって、それを曲げて話す訳にはいかない。真理とはそんなに難しいものだろうか。もしそうなら、救いは、高いレベルの教育を受けた人、また、厳しい訓練を受けた人だけのものとなってしまう。
真理はいつも単純なもの。決して、数学の難しい公式を習ったり、抽象的な哲学を学ぶようなものでもない。もし、それが分らないとしたら、それが難しいからではなく、どこか違う所に理由があるはず。聖書の次のようなことばに、その鍵がある。
ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです(1ペテロ
ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます(ヤコブ
「すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて」ということばも、「すべての汚れやあふれる悪を捨て去り」ということばも同じことを言っている。つまり、それが、「純粋な、みことばを慕い求める」前に、あるいは、「心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れる」前にどうしても来なくてはならないステップ。
この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい(ローマ
真理を知ることは、神のみこころを知ること。そのためには、「心の一新によって自分を変える」ことが必要だと言う。「自分を変える」とは、自分の中の悪い考え方はもちろん、みこころを行なうのに邪魔となる汚れや、自分の性格までも含まれている。「この世と調子を合わせてはいけません」ということばに注目。聖書の真理が分らないとすれば、原因はそこにある。真理は世と対立するもの。みことばは、世のことばと混ぜることは絶対にできない。
神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾(詩篇
純粋なみことばは、私たちが普通この世で目を付けない所のことを問題として、私たちに語ってくる。したがって、それを見る目と聞く耳がないと、全く分らない。それは、頭のIQ の問題でも、知識の量の問題でもない。教会に何年も通い、聖書の知識があっても、基礎的な真理がまだ分かっていないということは、大いにあり得る。
この方について、私たちは話すべきことをたくさん持っていますが、あなたがたの耳が鈍くなっているため、説き明かすことが困難です。あなたがたは年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神のことばの初歩をもう一度だれかに教えてもらう必要があるのです。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要とするようになっています(ヘブル