Show notes
〈挫折〉とは、人によって違い、同じ人でも年代によって何をそう感じるかは違うでしょう。その人がその時に感じた感情であり、他者の〈挫折〉を理解できるかどうかは、その人の体験によっても変わってきます。また、「よい事づくめの人」は、本当に何ひとつつまずくことなく歩んでいるのでしょうか。そのように見えている、または見せかけているだけかもしれません。あるいはいわゆる〈挫折〉をしていないか、自らに厳しくて〈挫折〉と認めていないか、あえて語らないだけなのかもしれません。〈挫折〉とは、物事の受け止め方でもあり、時に自らの物語を形づくる手段として使われることもあり、〈挫折〉を語る強さと弱さにも思いをいたしたくなります。「人は宿命として挫折によって「人間」を獲得する」という、「人」が「人間」になる契機としての〈挫折〉。「人間の最もふかい感情」を発することのできる〈挫折〉。〈挫折〉を通してこそ、人は自己と他者の痛みにふれ、より深く「人間」として生きることを学ぶのかもしれません。<文・白根直子>

