残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"
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kotaro zamma
消費者ではなく生活者たれノベーション
23 minutes Posted Nov 2, 2024 at 12:57 pm.
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消費者ではなく生活者たれノベーション(1197回)


京都先端科学大学ビジネススクール教授の名和高司さんより、社会派経済学者の大熊信行さんの1940年から使っていたという「生活者」という概念に、衝撃を受けました


曰く

"生活者とは、生活の基本が『自己生産であることを自覚しているもの』であり、


『時間と金銭における必要と自由を設定し、常に識別し、あくまで必要を守りながら』、


大衆消費社会の『営利主義的戦略の対象としての、消費者であることをみずから最低限にとどめよう』とする人びとである"


ここから私は思いました

1、自己生産

→価値を創る

2、時間と金銭の必要と自由

→自らが選択

3、消費者を最低限に

→ライフワークバランス


大熊信行さんの生命再生産の理論』(一九七四年)という本が絶版で手に入らないのがとても悔しいのですが、名和高司さんに教えて頂き感動です


ともすると、我々消費者は、みたいに自分のことを、消費者ということに、抵抗感なく使っていましたが、そうではなく、生活者である、と定義し直すことで、見えてくる景色が変わってくるということに衝撃を受けました


生活者とは、一つは、自己生産、つまり自ら価値を創る、ということを前提としていたのか、というところに、とても共感しました。


それは、私がいつもいっている、全世界1世帯あたり一法人化にも、つながる、誰もが価値を創って提供する時代、にとても符合していると思いました


また、それがあるからこそ、時間と金銭の必要と自由、これを自らがコントロールできるようになるのではないかと思いました


人生で最も大切な時間を自らがコントロールできる世界、そして必要に応じた範囲で自らが創る価値としての金銭、誰にも搾取されない世界ということを実現できたら素敵だなと思いました


さらには、営利主義的戦略の対象としての消費者になることは避けられないとしても、自らを最低限にすることによって


これもそこからの、時間と金銭の搾取から最低限で逃れることができる、それこそが、あるべき生活者の姿である、といって頂いているような気がしました


自らの価値を自己生産して提供できる生活者、誰かに時間や金銭を搾取されずに自由に選択できる生活者、そして、消費の誘惑に最低限でとどまることで時間や金銭の自由を手に入れられる生活者


1世帯あたり一法人化のような、まさに理想的な生活者の姿を提示されていたような気がいたしました


消費者ではなく生活者たれノベーション


そんなことを思いました^ ^


参考:本: エシックス経営 パーパスを経営現場に実装する 電子版発行日 2024年10月1日 Ver. 1.0

著者 名和高司 発行所 東洋経済新報社


動画で見たい方はこちら

https://youtu.be/AK4xM9-uVNc