残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"
残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"
kotaro zamma
自分と一つになってるものベーション(1176回)
20 minutes Posted Jul 1, 2024 at 3:27 pm.
0:00
20:25
Download MP3
Show notes

"食べるものがなくて、猫の餌だけは与えて、自分は砂糖水だけを飲んで、それでもピアノはやめなかった。"


"誰も聴いてくれる人がいなくても、猫しか聴いてくれなくても、私はピアノを弾いて、弾いて、弾いてきた。それはピアノが私そのものだから。ピアノがなければ私はない。"


"夢を持つ、夢を追いかけるなんていうのは、夢と自分との間に距離があるでしょう。

そうではなくて、自分と一つになっているものがある。そういうものがあると、運命が巡り巡って、神様は必ず配慮してくれる。そんな気がします。"


ここから私は思いました

1、情熱のポートフォリオの全てにあるもの

2、夢よりも情熱

3、情熱の源がセレンディピティを連れてくる


フジ子さんのお話を聞いていて思ったのは、フジ子さんのピアノは、情熱のポートフォリオの全てに乗っかってるものなんだなと思いました


大好き、利他、個性、成長と、情熱のポートフォリオの4章限にはあるのですが、自分の時代時代でも各々の象限にあるものは違うのですが、全てに乗っかってるものは強烈な情熱になると思います


よく私がお話をするのは、恋愛なのですが、ある意味フジ子さんは、恋愛と同じくらい強烈な情熱の源がピアノだったのだなあと思いました。逆にいうならこの全ての象限に乗っかるものがあれば、それは自分の人生を賭けても良いものなのかもなあと思いました


そしてもう一つ痺れたのが、夢は少し離れているということです。夢を目指すんだ、実現するんだとよく言われますが、それよりも、自分の情熱の源からほと走るものがあるかどうか、そこなんだよと、そこがあったらそれをやるだけなんだよと、教えてくれてる気がしました


また、それがあることで運命が巡り巡るというお話は、ある意味、セレンディピティを連れてきてくれるということかと思いました


セレンディピティは、人、本、旅と、出口治明さんの言葉をよく引用させて頂きますが、それに出会おうという情熱がないと出会えないし、


さらにはニーチェの、真実はない、あるのは解釈だけだ、の通り、情熱があるからこそ、自分なりの解釈をしてセレンディピティを知ろうことにもつながるなと、情熱の大切さも再認識しました


ということで、フジ子さんにとっては、ピアノは、自分と一つになってるもの、それが見つかることが大切ということを教えて頂きました


自分とひとつになってるものノベーション


そんな話をしています


参考: 本:一生学べる 仕事力大全 藤尾秀昭監 令和5年12月25日 出版社 致知出版社 私の夢、私の人生~運命のピアノは鳴り響く フジ子・ヘミング ピアニスト