Show notes
1854年4月24日の婚礼とともに、エリーザベトにとって全く新たな人生が始まりました。厳格な式典の数々、大群衆の視線と期待の重圧が、彼女を押しつぶしました。皇后としての最初の公式レセプションで、すっかり消耗した彼女は、涙の発作に襲われ広間を去りました。フランツ=ヨーゼフには、シシィと過ごす時間が殆ど無く、彼女は、たちまち深い孤独に陥りました。 エリーザベトも当初は、彼女に寄せられた期待を満たそうと努力しました。皇帝夫妻は4人の子供をもうけましたが、長女のソフィーは早くも2才で夭折しました。エリーザベトは絶望しましたが、自らの感情を押し殺さねばなりませんでした。皇后としての公式の役割の方が、個人的な感情より重視されたからです。

