Show notes
今週の井川さんのはなし ~35分ごろ
今週は、エトワール・ヨシノ特集。エトワール・ヨシノは井川さんが演じる女性シャンソン歌手です。ゲーテ先生の音楽会の登場人物として始まったエトワール・ヨシノですが、間もなく銀座でソロリサイタルをします。
井川さんは、なぜエトワール・ヨシノを演じるのでしょうか。
思い入れのあったマメヒコ宇田川店を閉店したとき、ヨシノは続けていこうと井川さんは思ったそうです。「無常の世に生きなくてはならない人間の悲哀」、そして、「言葉ではなく行動に規範がある」、エトワール・ヨシノに込められた井川さんの思いを語ります。
そして今回のステージのために書き下ろされた新作、「グズのブルース」が作られていく裏側もこっそり公開します。
今週のお便り~46分ごろ
今週のテーマは「あなたと親友になれたあの日のこと」。今回は情景が浮かんで来るお便りでした。
お便り1
イカハゲネーム:キコ親友とはいえないけれど、友達になるってこういうことかと、少しだけ苦い思い出とともに、記憶に残っていることがあります。小学三年生の時、クラスにいつもからかわれてしまう女の子がいました。今だと、いじめといわれてしまうのかもしれません。くしゃみをすれば笑われ、走っても笑われ、話しても笑われ、考えてるだけでも笑われていました。その子と私は家の方向が同じだったので、一緒に帰るようになりました。でも、私もクラスの子と同じでした。その子があたふたするのが楽しくて、いつもからかいながら帰ってました。もちろん全然嫌ってないのだけど、本人がどう感じるかは別のこと、なのに何にも考えていませんでした。3ヶ月ほど一緒に帰り、夏休みに入る前だったと思います。急にその子が転校することになりました。そうなって初めて考えました。「もしかしたら、嫌だったのかもしれない、一緒に帰るの。」明日で最後という日の放課後、その子とお母さんが家まで訪ねて来ました。「どうしても、恥ずかしくって渡せなかったんですって。」とお母さん。その子はお母さんの後ろに隠れてました。「ほら」とお母さんに促され、私に直接渡してくれたのは、お菓子をパンパンに詰め込んだ手作りのポシェットでした。そのとき、「ああ、友達ってこうやってできるんだな」と思いました。最後の給食の時間、いつも先生のパンだけは白い紙の袋に入っていて、それを膨らませてパンッと鳴らすのが生徒たちの楽しみだったのですが、その日は全員一致で、その子がその役を任されました。みんなが注目する中、袋を膨らませてパンッと鳴らしたら、期待通り、いつものびっくり顔になりました。それを見たクラス全員が笑っていて、それがとっても温かかったことを覚えています。その子と一緒に過ごした時間はとても短かったのですが、私の中に焼き付いてしまった、友達の記憶です。
お便り2
イカハゲネーム さとみ大学三年生の頃、私は妹と二人暮らしをしていました。しかし、初めこそ二人暮らしだったものの、妹はその当時付き合っていた彼氏を自分の部屋に連れ込み、いつの間にか三人暮らしになっていました。そんな中で発生したのが東日本大震災でした。当時私が住んでいた仙台もかなり揺れました。壁を挟んで、二人の男女と一人の女、余震が続く夜を過ごしました。最高にトホホって感じでした。なぜ私には彼氏がおらず、妹には彼氏が途切れないのか。姉妹だから似たような顔をしているはずなのに。まあ妹のほうが若干カワイイかな。いやでも私も負けてないと思うよ?胸のサイズでは確実に勝ってるしな… 当時の私は、こんな不毛なことをぐるぐると考えていました。そんなある日、妹の彼氏がココイチのカレーを買ってきてくれました。なんと、私の分も含めて三人分です。震災直後の仙台で食料を手に入れるためには、とにかく長い行列に並ばなければなりませんでした。このカレーも、きっと苦労して手に入れたのでしょう。妹の部屋にお邪魔して、三人で一つのこたつに入ってカレーを食べました。自分の分も買ってきてくれたのがうれしかったのと、久しぶりに食べるカレーがおいしかったので、なんとなく気を許した私は、この時初めて彼とまともに会話をしました。意外とイイ奴でした。当時流行り始めだったツイッターで、彼とお互いにフォローし合ったのもこの時だったと思います。なので、私のタイムラインには今でも時々彼の動向が流れてきます。いいねボタンは押しませんが、スマホの画面越しに念を送っています。だから、私は彼のことを今でも友達だと思っています。あっちはどう思っているか知りませんが。
お便り3
イカハゲネーム:ぱたぱた卵井川さんこんにちは。生と録音、どちらも楽しく聴いております。僕のあの日のことの始まりは、19歳の冬。その友達とは高校の時に席が隣になったことで知り合い、印象は身体は大きくて、大食いで、でもおばちゃんみたいにおせっかいで、自宅で鍋パーティーするくらい世話好きで、だけど口が悪くてトゲがあるから誤解もされやすい、そんな人。僕は夏、彼は秋に好きだった人が恋人になった。11月末の土曜日、23時過ぎに彼から連絡があった。こんな時間に連絡をもらうのは初めてなので、どうしたのか聞くと僕の家の前の公園にいる、とのこと。公園に行くと生娘のように泣いていた。どうやらフラれてしまった、悲しくてこのまま夜行バスにでも乗ってどこかに消えたいと言っていた。半分くらい、勢いの旅も後で振り返ればいいのでは?と思いながら2時くらいまで話しを聞いたら落ち着いて彼は帰宅した。彼の普段のキャラクターらしからぬ姿に驚いたのだが、1週間後、今度は僕がフラれてしまった。その帰り道に当時好きだった、席に仕切りのあるラーメン屋さんに寄って美味しいもの食べて元気出さないと、と思って食べ出したところ、千と千尋の千尋が白いおにぎり食べる時みたいにぼろぼろ泣けてきた。世界が揺れてる、涙色とはこの事か、そしていつも美味しいはずのラーメンが美味しくなかった。あぁ、彼は先週こんな気持ちだったのか、と。自分が幸せだからどこか他人事で親身ではなかった、と申し訳ない気持ちになった。帰り道に彼に報告の文章は送ったが、その日は会わなかった。後日彼の好きな焼肉屋さんでご飯になったのだけど、彼はあえて雑談をする。僕が聞かれたくないこと、聞いてくれないと話せないこと、話したいこと、を探っているようだったので彼ほど全部ではないが、自分なりに話せることは話した。そうして気付くといつもの一緒にご飯を食べる空気感になっていた。僕は彼とこの日また少し仲良くなれた気がした。彼とは今も親友です。
あんたのお名前なんてーの?~49分ごろ
https://www.facebook.com/groups/IKAHAGE.radio/ で集まったお名前の由来をご紹介しています。裕香■名前の由来名前の候補を出したのは父、決めたのは母だと聞いています。本名は「裕香(ユカ)」です。父は幼少期を戦中、青春期を戦後に過ごし、アメリカ、ヨーロッパ文化に、ある種の憧れを持っていました。それで子供の名前は海外に行っても発音しやすいものがいいと思っていたようです。物心ついた頃の父の印象は、いつもNewsweekなどの英字の雑誌を読んでいたというものでした。私が生まれた頃は、2文字、というか2音節の女の子の名前が流行っていたこともあり、父は母に子供の名前として「ゆか」か「ゆき」を提案しました。そして母が「ゆか」を選び、名字に合う、運が良くなりそうな画数の漢字を本を調べて探したそうです。本当にその頃は2文字の名前が多く、親戚を見渡すと「ゆみ」「ゆき」「みき」とちょっと似た響きの名前の従姉妹たちがいます。私も父に影響されたようなところがあり、海外のことが知りたくて高校まで英語、大学でフランス語を学びました。成人してからアメリカ、カナダ、フランスなどに行きましたが、どの国でも割合とすぐに名前を覚えて発音してもらえました。'Your name is easy.'と言われるので、これは親からもらったプレゼントだと思っています。ただ一つの難点は、漢字の画数が多いこと。「ころもへん」に「たに」と書く「裕」の字は、油断すると横広がりになってしまい、他の名前の漢字、例えば「香」の1.5~2倍の幅になってしまいます。漢字を覚えたての小学生の頃は、枠からはみ出してしまって大変でした。今だに自分の名前なのにうまく書けない、という気持ちと付き合っています。淳子■名前の由来母親はユミってつけたくて、父親はジュンってつけたくて、初めに生まれた姉にユミ次に生まれたワタシにジュン。となっただけなのです。2人とも子がついているのは祖母が女の子には子をつけたほうがらいいんじゃないかしら…と。なんだか時代を感じさせますね。
イカハゲ先生 ~56分ごろ
イカハゲネーム:せとかちゃん(4歳)

