今回は「今日は誰にも愛されたかった」を扱う二回目です。
いよいよ中身に入っていきます。
そもそも連詩とは、複数人で詩を書き連ねていく創作手法。
前の人が書いた詩からなんらかのテーマを引き継ぎ、展開させていきます。
一人で単発でおこなう創作は、作者の意図のもとコントロールされた作品が生まれていくわけですが、連詩の場合そこにコントロールできない流れと、偶発性の重なりによって段々と世界観が生まれてくる。
結果として、作者も意図しなかったゴールへとたどり着く可能性が高まります。
こうした創作活動を3ヶ月続けた結果出来上がった連詩と、その感想戦がこの本の中身。
谷川俊太郎さんがいらっしゃるので、郵送などで作品を送り合うのかな、などと勝手に思っていたら、LINEでやりとりしたそうです。
また、前の人の詩を受け取ってから創作にかけられる日にちは3日と、スピード勝負。
意外とポンポンと書いていったみたいですね。
それでも3ヶ月続けているので、相当なクリエイティビティの積み重ねがあったのだと思われます。
掲載されている連詩を読みながら感じたのが、連詩全体を通して、抽象と具体の行き来や、テーマの設定・展開などを作者それぞれが独自におこなっていく様の面白さ。
それぞれがつくった詩を読み、そこから拾った何かを引き継ぎ、新たなポエジーや意思とともに次の詩を生み、渡していく。
この一連の行為が、いわばコミュニケーション代わりとなり、連詩全体に3名だからこその独自の世界観をつくっていく。
このあたり、以前お話した対話型鑑賞ともつながる部分があるな、とワクワクします。
タイトルとなっている「今日は誰にも愛されたかった」自体も、連詩の中で生まれてきたもの。
ひきつけのあるタイトルですよね。
こういうものが生まれてくるのも、連詩ならでは、と言えるのかもしれません。
(各創作者個人の技量やこだわりかもしれませんが)
普段、ぼくたちも会話を通して、連詩と似たような創作活動をしているのではないだろうか、とふと思ったので、第三回ではそのあたりをお話してみようかと思います。
また皆さんのご意見もお聞かせください。
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