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永瀬さんは、花を題材にした詩をいろいろ書いています。この詩では、なぜ花が美しいと感じるのか、どういうところに美しさを見出しているのか、その理由を書いています。少し抽象的かもしれませんが、花の美しさとは何かという本質に迫った詩です。永瀬さんは、花の美しさを言おうとしているのに、「何ものか花でないものから」と花そのものではないと言っています。ではどこかというと、「花へ浮かびあがってくるきわが美しいのだ」と、変化していくある瞬間を捉えて美しいと言っています。それは生きて命あるものならではのことであり、その変化を捉える感受性をもつことも含まれています。永瀬さんは、自分がこのことを書かなければ、消え去り忘れ去られてしまうという思いを生涯持ち続けていました。戦前に書いた「私がいなければ何もない」では、自分がこの世を去れば感じていた思いは消えてしまうことを書き、最晩年の「時間―私らは忘れやすく」という詩には、「私らは消えゆく時間を止めるためにのみ詩を書いている」とあります。「花は咲きそして散る その痛みなしには花でありえない」。この最後の一行がたまらなく魅力的です。この詩は、生きること命あるもののすばらしさを書いた詩でもあります。永瀬さんが詩を選んだのは、そこにとどまらず常に変化していく姿を書きたかったからでした。そして、永瀬さんは「痛みなしには花でありえない」と全てを受け入れ肯定しています。こうしたところに、私たちは励まされているのではないでしょうか。<文・白根直子>

