演技の勉強
私が大学に入って間もない時、ゼミの先生がこんな課題を出しました。「次回、一人一人に3分間の自己紹介をしてもらい、それをビデオに録ります。」
それを聞き、「なんてひどいことをする先生なんだ」と思いました。
自分のことを話してる自分の姿を見るなんて、こんな恐ろしいことがこの世にある?!
今思えばそれが、私が演技と関わり、役者を志すことにもなったすべての始まりでした。
役があって、それを自分の姿・自分の表現で具体化し、人に見せる仕事。
役者という仕事は、まず自分で自分を見なければできません。
役になりきる、といっても、その役にぴったりくる感情やら仕草やらを役者自身の引き出しの中から探し出し、足りなければ外の世界を見て吸収し消化し自分のものにして、想像して、自分の表現をするわけです。
なんて厳しくてすばらしい職業なのだろう、と思うのです。
私が本格的に「演技が学びたい!」と気付いたのは、そのゼミの出来事があってから数年後、社会人になってたまたま参加したミュージカルを体験する習い事だったのですが。
「自己紹介を録画して見てみましょう」って。
このときは3分ではなく一言二言で良かったのですが、一般人にとってはやっぱり衝撃的。
そしてそこで、「これが役者という仕事なんだな」と気付いたのです。
常に自分を見て、自分を噛みしめて、どんな自分も受け止め消化して、外に向かって表現する役者の方たち。
自分の表現が人を感動させることができるとしたら、役を通じて世界の一部になれたら、どんなに素敵だろう。
そうして、私は演技と関わる生き方をスタートさせました。
俳優養成所に入ったり、社会人劇団に入ったり、俳優事務所に入ったり。
これらで得たすべてのことが、私を作っています。
養成所で勉強した、滑舌だったり、腹式呼吸だったり、ダンスだったり。
社会人劇団で得た仲間が宝だったり。
俳優事務所所属時代に経験した撮影現場だったり。
驚いたのは撮影にかかわる人の多さ。多忙さ。
なんかもう、小心者の私としては、「私一言言うだけなのに、なんか済みません。何か手伝いましょうか?」みたいな気持ちになってきます。
いやいや、役者として呼ばれているんだから、現場にはそれだけのもの(役者としての存在)を持っていくことが仕事なのですよね。たとえエキストラだったとしても、一瞬でも作品にかかわるわけだから、責任があるわけです。
そこにいなくても作品にかかわっている方がたくさんいることを想像し、この場所この時間だけで完結しない、この仕事の大きさを感じました。
今、私は子育て優先の生活を送っています。
自分のやりたいことに優先順位をつける。これはとても大切なことだと思っています。
生きている年月が長くなればなるほど、やりたいこと、手放したくないものは増えていく。
全部持とうとか、良いとこ取りしようとか思うと、すべてが中途半端になったり、持ちきれなくて全て落っことしたり、体が支えきれずに転倒したり、動けなくなって泣きながら人に助けを求めたり、ということになりかねない。
今の自分にとって、一番優先にすべきことは何か。
手放したものは二度と帰ってこないものもあるし、また時期が来たら取り戻せるものもある。
それをよくよく考え、自分で選ぶこと。
…なんて大げさになりましたが、私は今子育てを選んでいます。
(”つもりです”とか言っている私の弱さよ。自分の決断に自信がないのではなく、子供達がそう思えるような子育てができているか自信がないのです。)
役者の仕事や、演技の勉強は、時期が来たら必ず取り戻せるものだし。
…と思いながらこの8年9年、演技とは遠い場所で生きていたんだけど、実はこの春〜夏、ちょっとした転機が訪れたのです。
実は今私は、またちょっとだけ演技に携わることができています。
このワークショップが刺激的で。
長すぎるので続きはまた!

