Mさんの相談みたいになりました
楽しんで生きていいんだよ、という気づきと
一方で気づきへの圧として徐々に息苦しい社会になってきているような感じもありますね
愛と感謝と俯瞰と謙虚 のうち、謙虚さって難しい
いつも一生懸命であるべき、という観念から抜け出せない状態
減点法で教えられた教育
無理やり全体に合わせるように訓練され、本来の性格・気質から離れた状態で自分が分からない
最近の瞑想や呼吸によって余白が出来てきているような感覚はある
これは自分を受け入れるプロセスといえるものなのか?
自分をやさしく撫でてみる
生れ直すアプローチができるか
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会話の中で出た「メールで送ったメッセージ」は以下のものになります。
「信じても信じなくても…」
実力とはなんでしょうか?
みなさん、少し考えてみてください
『あなたは実力があるのです!』と言われたら、
あなたはどんな実力? と思いますか?
『あなたに素晴らしい素質が備わっいます!』
と言われたら?
きっとあなたは 何の素質?って…
そんな対話があなたの中で行われるのではないでしょうか
みなさんは、自分自身を見るより
他者と比較して 世の中を基準として
それを知ろうと努力しています
しかし実際にあなたはあなた自身の理想と思考思念と比較していることに気づいてください
あなたが100%のあなたでいられたなら
在ることができたなら
迷いは完全に消滅し永遠に苦しむことはなくなります
あなたの作り込んだ、または学んだ、刷り込まれた
独りよがりの苦しみに振り回されていることに気づくでしょう
一人一人
独立したあなた達はみなさんの喜びに対して非常に神経質に取り組みすぎて
楽しむことを置いてきぼりにしているようです
生きていることが
あなたの最大の実力で、それを楽しむ資質を持ち合わせて
ここに命と共に在ることを
あなた自身が知りそして呼吸と共に受け取ってみたらいかがでしょうか
愛と感謝を込めて
自我と一緒に抜けてゆく
笑い楽しみ豊さを体現できる物質世界で生きることを忘れないでください
すべては無… 何もないここにあなた達の思考思念が映し出され振動して喜びと共に在ることを知っているみなさんだから、
瞑想はもちろんですが命を生きる楽しさを忘れてしまえば片車輪で走るような人生になってしまいます
余白…
楽しむ余裕
すべては何もない
何も起きていない
素晴らしい投影を見ながらいまここにいてください
ありがとうございました
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