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イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る 一つ一つのことばによる』と書いてある。」(マタイ4:4)。
「パン」は肉の糧、神のことばは霊の糧。人は霊的な存在。パンが必要ならば、霊的な食べ物 も必要。しかし、イエス様は、それだけの意味でこのみことばを引用されたのだろうか。特に 「神の口から出る一つ一つの...」という部分に注目。彼のミニストリーは、この時まさ に始まろうとしていた。聖書の預言が成就されようとしていた。
肉の糧は、体の成長のためだけではなく、それをエネルギー源として行動し、仕事を行うため である。同じように、霊の糧も、信仰の成長や救いのためだけではなく、それをエネルギーと して、私たちが神のみこころを行い、みことばが実現されていくためである。
まことに、みことばは、あなたのごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたの心 にあって、あなたはこれを行うことができる(申命30:14)。
みことばは、食べるだけのものではない。もしそうならば、みことばは聞くものなので、それ は「あなたの耳にあり」と言った方が良い。しかし、ここでは、「あなたの口にあり」、ま た「あなたはこれを行うことができる」と言っている。
この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、 あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである(ヨシュア1:8)。
みことばを「守り行う」とは、それを実現させることを指す。特に、ヨシュアの場合、みこと ばを実現させるとは、次のことを意味していた。
強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ(6 節)。
アブラハムの時からみことばを通してその子孫に与えられると約束されて来たことが、まさに 実現しようとしていた。いや、実現されなければならなかった。
そもそも人は、みことばの実現のために生きる者として、最初から造られた。
神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配す るように(創世記1:26)。」
人の存在そのものが、みことばの実現であるならば、その目的も、みことばの実現である。すなわち、この地を「支配するように」という上のみことばは実現しなければならない。ちょ うど、イスラエルの民が約束の地を受け継ぐようにと語られたみことばが、ヨシュアを通して 実現したのと同じである。私たちの場合、罪の結果、その実現が妨害された上のみことばが、 神の恵みによって、キリストを通して再び実現した(ローマ4:13-16)。そして、そのために こそ、私たちが自分の考えによって生きるのではなく、神に従順となり、常にみことばを守り 行う生き方をする必要がある。
神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま 食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取っ て食べるとき、あなたは必ず死ぬ(2:16-17)。」

