ダヴァール神の国
ダヴァール神の国
Davar Kingdom of God
みことばの実現 No.3
1 hour 6 minutes Posted Apr 26, 2015 at 9:09 am.
0:00
1:06:32
Download MP3
Show notes
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった(ヨハネ1:4-5)。
聖書は、しばしば、いのちと光、また、死と闇(また、陰)を結びつけて表現している。
主は彼らをやみと死の陰から連れ出し、彼らのかせを打ち砕かれた(詩篇107:14)。
やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上 に光が照った(イザヤ9:2)。
「光はやみの中に輝いている」とは、いのちが死に勝利したことを意味し、キリストの復活 のことを指す。また、「やみはこれに打ち勝たなかった(または、理解できなかった)」 とは、死がいのちに戦いを挑んだが、勝てなかったことを示すと同時に、いのちなる方が理解 されず、攻撃を受けたこともほのめかしている。
神が天と地を創造された初めの時、地は茫漠として何もなく、やみが大水の上にあ って、神の霊が水の上を動いていたが、 その時、神は仰せられた。「光があれ。」すると光があった。神は光を見て良しと された。神は光とやみとを区別された(創世記1:1-4、私訳)。
「神が光をみて良しとされた」ということは、光のない、やみの状態を良くないと思われた ことを示す。そこで、光があることを望まれた神は、その望みをことばとして発せられた。す ると、そのことばが実現した。同じことが、罪の結果、死が入り、闇になってしまったこの世 界においても起きた。神はその死と闇をご覧になり、良しとはせず、ご自分のひとり子、こと ばなるキリストを、「いのち」、また「人の光」としてこの地に送ってくださった。これは天 地創造と同じ、神の創造の業である。
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった(ヨハネ1:12)。
キリストの名を信じた人々が「神のこどもとされる」ということは、その前は、神のこども ではなかったということ。でも、創世記によれば、人は、最初から神のこどもとして造られた。
神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配す るように(創世記1:26)。」
こどもが生物学的にその親に似るのは、遺伝子のせい。同じように、人は神から受けた霊的な遺伝子によって、神の「かたち」に、彼に「似せて」造られた。それは、人が、その遺伝子のとおりに成長し、神とともに働き、実を結び、神の栄光を表すためであった。しかし、そのためには、人が神の語られることばに忠実に従って行くことがどうしても要求された。
神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま 食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取っ て食べるとき、あなたは必ず死ぬ(2:16-17)。」
善悪の知識の木は、人が神との契約のもとに、神の口から出る一 つ一つのことばによって生きる者、すなわち、そのことばの実現 によって生きる者であることを思い起こすためのものであった。