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コリント人への手紙第二3章17節~18節から。イエスは個人の名前、キリストとは役割の名前です。私たちはイエスさまと同じにはなれません。イエスという個人は世界でたった一人だからです。でもイエスさまが担った役割を証しすることはできます。だから私たちは自分をキリスト者と呼びます。イエス者とは呼びません。私たちはキリストの救いの業を証しする者、クリスチャンです。イエスチャンじゃありません。私たちはイエスさまの個性は反映できないけど、キリストであるイエスさまが放つ光の鏡にはなれます。今日の聖書の言葉で言えば、主の栄光を映す鏡になれます。

