Show notes
ぴよとの約束を破ってしまった。
寂しさ悲しさは細胞の記憶として一生を支配するような気がして、怖い。
ごめんね、ぴよ。
「細胞の記憶」
先日、夜寝る前に、ぴよがすごろくを持ってきて、「明日これ一緒にやろうね」と言ってきました。
とんが昼寝している間か、DVDでも見ている間にそーっと抜け出して1回ぐらいできるだろう、と思い「そうだね。明日やろうね」と約束。
でも実際は無理だった。
もちろんすごろくなんかはすぐにグチャグチャにしちゃうから、一緒にはできないし。
ひろさんもいる休日だったので、結局ひろさんと2人でやってもらいました。
「パパと2人でやってくれる?」とぴよに聞いたら最初は「嫌だ。」と言ったんだけど、
ごめんね。
また約束が守れなかった。
後から私が「ごめんね」と言ったら、「いいよ。」とさらっとしていました。
でもね、こういうのって、細胞の記憶に残ることを私は知っている。
脳の記憶は、都合よく忘れたり、ふとした瞬間に部分的に思い出したりするけれど、細胞の記憶は思い出さない。
そんな気がします。
(科学的なことではなく、私の主観です)
私自身。
と訴える細胞がある。
たぶんその細胞たちが、これまでの苦しかった体験〜摂食障害や父への壮絶な嫌悪など〜を産みだしていたのでは、と思っています。
(それについては、書ける時期がきたら書きます。
または、ちょこちょこ話題に絡めて小出しにします。)
ぴよは、今回私が約束を破ったことはすぐに忘れてしまうでしょう。
でも、細胞が悲しみ、それを記憶し、後々ぴよの体を作っていき、私のように蝕まれてしまったら・・・・・
ぴよは子供のころの私と違って、笑顔で「ママ大好き」と言ってくれるから、それに甘えて「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせている。
でも、ぴよの寝顔を見ているときとか、ぴよを感情的に怒ってしまったときとか、
私が娘の奥底にインナーチャイルドを埋め込んだ気がして、もう取り返しがつかないような気がして、怖くて怖くてたまらない。
ぴよ、本当にごめんね。

