東京ぶどうの木教会 2024年8月25日(日)主日礼拝のメッセージです。
牧師:アブラハム黄
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(聖書) エフェソ2:8、9事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。9.行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。
マタイ7:21「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
メッセージ題 : 暑いのに、今更ながら救い論 (エフェソ2:8,マタイ7:21)
*皆さんは、何のために信仰生活していますか?天国ですか、神を愛しているからですか?信仰生活で救いより大事なことはありません。このような救いに対して「既に得てますよ」軽んじる
1.今日は、いまさらながら救い論について。 御存じですが、なぜ私たちに救いが必要ですか?
*創世記3章の事件によって、神様ではなく悪魔に属しているから。また生まれるすべての人は悪魔の支配下に生まれるから。そのままであるなら罪の罰、呪いから逃れず死んで地獄に行く!そのような束縛から人間は自ら自分を救うことができるのか、できません。そして神はヨハネ3:16イエス・キリストが私たちの身代わりで十字架で贖罪の死を!この恵みを信じて悔い改めると、聖霊が来られ罪を清め新たに生まれさせ神の子供、天国に。これが救い、これから救いの生活を*救いに対して律法を守る私たちの努力は無意味、ガラテア3:10 すべての律法をいつも?無理
*イエス・キリストの十字架と復活による救いの御業は、神様の方法、隠された神秘Ⅰコリント2:7#問題はこのように得られた救いを失うことがあるのか?例えば)ルカ23章の右の十字架の強盗。救われてすぐ天国に行くなら!しかし私たちは、救われた後もこの世に。悪魔の誘惑、自由意思。事実、初代教会の大問題。信じた後、信仰を捨てる?今の私たちは?ヘブライ6:4-6の警告にも
2.キリスト教の救い論に対する二つの大事な教理が・・・「カルバンの教理とアルマにアンの教理」
*カルバンの5大教理? 1)全的堕落、全的無能力、ローマ5:12-21 2)無条件的な選択、ローマ4:4-8 3)選択された人だけの特別贖罪、エフェソ1:4 4)不可抗力的な恵み、ローマ8:18‐39 5)聖徒の牽引、Ⅰペトロ5:10 =まさに、予定論、牽引論! *アルマ二アンの5大教理 1)堕落はしたけど自由意思はある 2)予め分かって選択された 3)キリストの贖罪はすべての人の為 4)人を救う為の聖霊の恵みを自由意思で拒否可能 5)救われたとしても救いを失うことある
=ウェスレはアルマ二アンに近い。では、どちらが正しいですか?すべて聖書を通してなのに#ここで注目するべきことは?どの救い論を信じるかによって・・・後の信仰生活に影響がある!又どちらを選ぶとしても、自分の教理にあわない聖書を、無視、捨てる傾向がある。黙示録22:19
3.ですから、私たちの教会は、不完全な教理で、救い論を問うのではなく、聖書と聖霊によって!
*パウロが教えた救い論、エペソ2:8,9と異なる、パウロが教えた、フィリピ2:12・・・どんな意味?義とされたって救いが終わったのではない。救いは天国に入るとき終わる、従って油断しないで救われた目的に忠実にせよ。Ⅱコリント5:15イエス様の為に、イエス様に見習っていきなさい!
#どんな人がそのような救いの生活が可能なのか?地獄にいく自分を救ってくださった神の恵みに感謝する人だけが教理に縛られないで、いつでも主を愛し、主との親しみの中で聞き従うので!@今は最後のとき、ノアのときとロトのときのようであると!その特徴?←そのしるしで満ちている。もっと大事なのは個人の終わり。油断しないで、フィリピ2:12をもって、主を畏れる心、慎む心で
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